2002年11月18日
山県郡伊自良村長滝より
用事を済ませてから出かけてきて伊自良湖に到着したのは10時を回っていた。平日なので誰もいないからこんな時間になってもイイヤと思っていたのも束の間。遊水プール前の駐車スペースはすでに自動車が5台駐車してあり仕方なく下へ戻って身支度を始める。尾張小牧ナンバーも見受けられ遠い所からも来て見えるんだと改めてビックリする。周りの木々は鮮やかな朱色になっており前回来た11月9日と比べると紅葉が一層進んだ気がする。いつものように傍らの石仏の写真を撮りながら、のんびり歩く。写真右は東屋から少し上がったところの鉄塔から向かいの山を写したもの。山も紅葉できれいになっている。 |
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甘南備明神のご神体から東の方角を見る(写真左)と遠くに金華山・百々ケ峰を望むことができる。ここまでの道は石仏を見ながらハイキング気分で来られるが、ここからは時として木の根っこを掴んだりと軍手がほしくなるほどの登りになってくる。今回もご神体の辺りから天気が崩れ始め、ポツポツと時雨れだした。この時期でも額から汗が流れている私には、この程度の雨はさほど気にはならない。暫くの急登を頑張ると尾根へ出、雑木林の鞍部で少しだけ休憩する。汗をかいた体は、じきに冷えてきて後少しで頂上へ到着すると思うと先を急ぎたくなる。頂上へは写真右の歩きにくい階段を登り、もう一回の登り返しで到着。初めて来た時、この階段からの登り返しがしんどかったが、何回となく来ると、さほど辛いとも感じなくなった。慣れかな。頂上手前で年配の団体とすれ違った。この天気に慌てて頂上を後にされた様子。平日に車数台を連ねて山へ来られる人は、かなり年配の人たちと予想していたがやはりそうだった。みなさん元気でにぎやかだった。逆にこの人たちには、平日山へ来ている私たちが変に映ったか、ジロジロ見られてしまった。 |
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頂上に到着したら男性一人が食事をしてみえた。話を聞いたら朝、金華山に登って来て、それからココへ登りに来たとか。そう言えば、下の東屋の雑記帳にこう書いてみえた人は、この人だったと判明。前日は養老に行ってきたと言ってみえた。この人も元気な人だ。時雨れてきていたので避難小屋の中でお昼にする。9日に来た時から、壁のいろいろなもの(上段写真)が気になっていたが、見ている余裕がなかったので、今日はゆっくりと見させてもらう。過去からの雑記帳に目を通すと一人の男性の名前が頻繁に出てくるのに気付く。署名はS.Uさん。文章の内容や壁の写真の撮影者として署名があったので、この小屋を管理してみえる人だろうということで話は落ち着いた。壁には未使用のタオル・割り箸・キズテープなどが備えてあり、「ご自由にお使い下さい」とある。S.Uさんはこれらの物の補充もしてみえる。私たちが安心して山に来られることの陰に、このような方の存在があることを忘れてはいけないことだとつくづく思う。前回と今回の小屋の中で大きく違っていたこと。それは壁にぶら下がった空き缶の中に入れてあった登山の記念品。この前は「釜ケ谷山登山記念」と書かれたたくさんの鉛筆が入っていたのに、今日は何も入ってない。「あんなに入っていたのに無くなったね」と話していたら、さっきすれ違った団体さんがさらえて持っていったと聞いた。いくら「ご自由にどうぞ」と書いてあっても自分たちの人数以上の数のものを全部持っていくなんて、ちょっと常識疑いません(?_?)なんか悲しい気持ち。 |
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小屋の中で食事をしている間に外は天気が回復してきて、東の方角の展望もきくようになった(写真左)。舟伏山の方には虹がかかってきれいだ(写真右)。後日、ごひいきのHPを見ていたら、この日、同じような時刻に見たという虹の写真をUPしてみえた。私たちと同じように山から虹を見ていた人もいたんだとなぜか嬉しくなってしまった。 |
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下りは東屋のところから、ミゾレ谷へ回って下りる(写真左)。オリエンテーリングのコースにもなっている道だが、この道を登りに使うのは結構辛いのではと思う。堰堤まで出てしまえば、すぐそこがバンガローだ。バンガロー奥への林道は鎖で封鎖されており(写真右)バンガローの窓は雨戸が閉めてあり、バンガローもペンキの塗り替えで冬支度の最中。前線が通過して冬型の天気になり、初冬の風情になってきている。 |