20171004
 中秋の名月






20171004 中秋の名月


10月4日は中秋の名月。
夕暮れ前、快晴の東の空から月が昇った。
左下は金華山。
日の入りが17時33分に対して月の出時刻は16時54分と早かったため、しばらくしてから月が出ていることに気づいた。

今日は十五夜だと中学生に話すと、月を見て満月だと答えた。いや満月は明後日で、今日は十五夜。月の左が欠けているだろうと言うと、玩具のオペラグラスを手にした彼は確かに欠けていると呟いた。
中秋の名月が満月となるのは2021年のことだから、あと4年先ということになる。

野尻抱影氏は「中秋名月」で次のように記している。

(前略)

 終戦の秋、すぐ近くの焼野原に立って、昼間のような月明かりに、「旧き都を来てみれば」と『平家物語』の月見の事の今様を口にし、ひどく感傷的になったことも思い出される。あの時は志賀さんも、この秋の月はどうも懐古的にならせるとつぶやいておられた。
 月に満ち欠けがなく、いつの夜も満月だったら、こんな感慨もずっと弱まるに違いない。


(中略)

中国の昔には、月に月宮殿があり、桂の木が茂り、天女が住んでいるとも考えていた。それで日本にも『竹取物語』のような美しい文学が生まれた。さもなくとも、つい百年前ぐらいまでは天文学者でさえ、月に月人というような生物のいることを否定してはいなかった。
 今では、こんな想像は愚かなことだが、こうして明月に対していると、月人の存在を信じていられた時代の心境がうらやましくもなってくる。


(後略)

1945年、敗戦の年の秋の文である。
野尻抱影氏60歳。
「中秋名月」は野尻抱影『星は周る』(平凡社、2015年)に収録されている。

氏の文には心が引かれて、知らず知らず秋の夜長を更かす毎夜である。
ぜひ一読を勧めたい。

夜、帰宅すると高く昇った中秋の名月が寒々と輝いていた。
今夜は寒くなりそうだ。