揖斐谷の夏5 −岩煙草−



 8月になると岩煙草が花を付け始める。ここ数年7月末に開花したことがあったが、岩煙草はやはり8月の花に似つかわしい。揖斐谷におけるツクツクボウシの初鳴きが8月5日。それと同じくして今年も、いつもの場所でこの花と出会う。

 岩煙草について増山たづ子さんは徳山村の歴史を語る会会誌『ゆるえ』第2号(1982年6月)に「徳山村にある薬草、毒草、民間薬そして山菜の色々−その1−」を寄せている。そこで岩煙草について、
 「イワタバコ」山菜 症状・・・胃ガン、腎臓病
と書いている。増山さんは、徳山村の花や薬草について実に詳しかった。あの頃の僕は授業が終わるや否や毎日子どもたちと、石片や土器片を求めて分布調査にあけくれていた。増山さんに学ぶ機会を失ったことが今となっては悔やまれる。

 この花を見るとNさんのことを思い出す。
 Nさんは徳山ダム水没地区埋蔵文化財発掘調査として行われた寺屋敷遺跡の発掘調査に作業員として参加され、一緒に2年間調査現場を共にした。夏の暑いこの時期、昼食を早々に済ませては磯谷(いそんだに)へ、薬草・岩煙草を採りに入る毎日だった。いつも体の具合を心配し、少しでも体に良いと聞くと薬草の採取に余念がなかった。

 手元に僕が編集した『寺屋敷遺跡発掘調査だより 合本2(19〜35』(1995年11月)がある。週刊を目標にした『調査だより』。朝のミーティングの時に、補助調査員さん、作業員さんと一緒に行った勉強会の資料として発行してきたものだった。調査成果と調査方針の共有、調査水準の向上を目指して、みんなで勉強してきた『調査だより』だった。

 その『合本2』の表紙には、寺屋敷遺跡発掘調査参加者全員のヘルメット姿がある。地表下2メートルに及ぶ旧石器時代遺構面の調査へと進んでいたため、全員がヘルメットを着用していたのだった。そこには若かった僕も、そして満面の笑顔で微笑んでいる今は亡きNさんの姿もあった。

 岩煙草を見ると、暑かったあの夏の日を思い出す。