春の訪れ06 −揖斐谷−



碇草。



『ゆるえ』と増山たづ子さん
−碇草に思う−

篠田通弘


1987年3月31日、岐阜県揖斐郡徳山村は徳山ダム建設のため全村水没を前にして廃村となった。今年は2017年、廃村からちょうど30年が過ぎた。あの時の葛藤や心のざわめき、無力感は今も僕を覆っている。今でもあの日のことを夢に見ることがある。

手元に『ゆるえ』創刊号(徳山村の歴史を語る会、1982年1月)がある。
僕は「『ゆるえ』創刊にあたって」に次のように書いている。


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 私達は会誌『ゆるえ』を創刊いたします。これは、数年前からの点と点の結びつきから1つの線へと大きな〈橋渡し〉になると思うのです。
 私達が「徳山村の歴史を語る会」として、時に集まり、村の歴史と文化について語り始めたのは4年前のことです。それは、数千年前の遺跡を求めて歩き、昔話に耳を傾け、語ってきた私達が、数少ない事実を何とかつなぎ合わせて、生き生きとした村の歴史を掘り起こせないかと考え願ったからです。
   (中略)
 私達の回に会則はありません。会則よりも、村の歴史と文化に関心を抱き、生活に思いを馳せ、そして村を愛する者の集まりを大切にしたいと思うからです。「その時に集まった者が会員でええんや。」と前から思ってきた所以です。
   (中略)
 昔話を愛し、歴史を愛し、遺跡を愛する人々の中で、科学的で人間らしさ≠大切にした歴史を創っていけるよう努力したいと思います。そして、この『ゆるえ』が多くの人々のゆるえ≠ニして育っていくことを願っています。
   (中略)
「ゆるえ」とは徳山の方言でいろりのことを言う。村によって、「ゆるえ」「いるべ」「ゆるい」「いるえ」とさまざまに呼ばれ、一家の語らいの場であった。


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 今読み返すと気恥ずかしいが、『ゆるえ』創刊の頃の思い入れは今でも忘れることはできない。
 26歳の冬だった。

 創刊号には座談会「徳山村の歴史と文化」を収録した。
 根尾弥七、増山たづ子、大牧冨士夫、久瀬川忠、篠田通弘が民宿「増山屋」のゆるえに集い、3時間余り語り合ったテープを起こしたものだった。「ゆるえの集い」ともいうべきこの座談会は1981年10月31日に行っている。

 創刊号には増山さんは「1982年(薬草の使い方)」と題して小文を寄せている。

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 明けましておめでとう御座います。今年もどうぞ宜しくお願い致します。
 「今年から何か思いついた事を書いて残して見たいなぁ」というおさそいを頂いて、不肖、私もお仲間入りをさせて頂く事になりました。宜しくお願い致します。
 折角大自然が、いっぱいある徳山村に生まれ、ここで育ったので、子供の頃から大好きな植物の事を書いてみようと思います(次回から)。
 そして手近な所にある誰でもが、言っていることで、何かお役にたつようなことがあれば幸いです。

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 『ゆるえ』第2号(徳山村の歴史を語る会、1982年6月)から増山さんは「徳山村にある 薬草、毒草、民間薬そして山菜の色々」と題して連載を始めている。この号に増山さんは「ア行〜カ行」の植物を掲載している。執筆年月は1981年12月。
 そこから「イカリソウ」を紹介する。

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 「イカリソウ」
 症状・・・利尿、健忘症、ノイローゼ、血圧、強精強化(但し、腎臓の弱い人には強力すぎる為、使用しない)。インポテンツ。


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 この号には「アオキ」から始まり「ゴマ」までが収録されている。
 「碇草」を見る度に、あの日の増山屋の「ゆるえ」を思う。

 『ゆるえ』は第8号まで発行して、その役割は「徳山村の自然と歴史と文化を語る集い(徳山村ミニ学会)」へと引き継がれた。ミニ学会は徳山村廃村後は「揖斐谷の自然と歴史と文化を語る集い(揖斐谷ミニ学会)」として、毎年8月にシンポジウムを開催し続け、計14年間にわたって開催を続けた。またその会報『美濃徳山村通信』廃村後は『美濃揖斐谷通信』を月刊で発行し続けた。
 暑い夏がやってくると、ミニ学会に間に合わせるために徹夜でレジュメ集の印刷・製本を続けた日々を思い出す。

 『ゆるえ』創刊号から第8号まで僕の手元にすべて残っている。
 いつか解題を付した上で合本として残すこと、僕がやらねばならないことである。